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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)280号 判決

控訴人

有限会社大雄興業

右代表者

森田サヨ

右訴訟代理人

永田晴夫

被控訴人

株式会社三和エンタープライズ

右代表者

岡本正和

右訴訟代理人

葭葉昌司

横溝高至

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が原判決別紙目録記載一、二の土地及び三、四の建物を被控訴人に引渡すのと引換えに、二八七九万〇五四九円を支払え。

三  控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その二を控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  控訴

(一) 原判決を取消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙目録記載一、二の土地及び三、四の建物につき横浜地方法務局川崎支局昭和五四年一二月二二日受付第四二三〇五号をもつてされた同年同月二一日代物弁済を原因とする各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  当審における予備的請求

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、金八八二一万八二六三円及びこれに対する昭和五五年九月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、被控訴人の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  被控訴人

1  控訴につき

本件控訴を棄却する。

2  予備的請求につき

(一) 控訴人の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  主位的請求の原因

1  原判決別紙目録記載一、二の土地及び三、四の建物(以下「本件各物件」という。)は、控訴人の所有である。

2  本件各物件について、いずれも被控訴人のために、横浜地方法務局川崎支局昭和五四年一二月二二日受付第四二三〇五号をもつて、同年同月二一日代物弁済を原因とする各所有権移転登記(以下「本件各登記」という。)がされている。

3  本件各登記は、いずれも実体的な原因を欠くものであるから、無効である。

4  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件各登記の抹消登記手続を求める。

二  主位的請求原因に対する認容

1  第1項の事実中、本件各物件がもと控訴人の所有であつたことは認める。

2  第2項の事実は認める。

3  第3項は争う。

三  抗弁

1  被控訴人は、昭和五四年九月一〇日、控訴人の代理人森田盈に対し、金三八〇〇万円を、弁済期間同年一二月九日、利息月四分、期限後の損害金三割の約定で貸渡し(以下この金銭消費貸借を「本件消費貸借」という。)、その際、控訴人代理人森田盈との間で、右債務の担保として、本件各物件について、控訴人が弁済期に債務の弁済をしないときは債務の弁済に代えて本件各物件の所有権を被控訴人に移転する旨の代物弁済の予約(以下「本件代物弁済予約」という。)を締結し、被控訴人は、本件各物件について横浜地方法務局川崎支局昭和五四年九月一二日受付第二九二九二号をもつて本件代物弁済予約を原因とする各所有権移転請求権の仮登記(以下「本件各仮登記」という。)を受けた。

被控訴人は、同年一二月五日、控訴人代理人森田盈との間で代物弁済予約の完結の意思表示をする期日を一二月九日から四日間延期することを合意したが、控訴人が右延期後の期日にも弁済をしなかつたので、被控訴人は、同年一二月一四日控訴人に対し、口頭で予約完結の意思表示をし、同年一二月二二日本件各仮登記に基づく本登記として本件各登記を受けたものである。

2  仮に、本件各登記の手続が、その各登記のされた時点において、仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)に違反し無効であるとしても、被控訴人は、昭和五四年一二月一四日、控訴人に対し、口頭で、本件各物件の見積価額と清算期間(昭和五五年三月一〇日まで)を提示し、右期日までに元本、利息、遅延損害金を弁済しないときは、本件各物件の所有権を取得する旨及び控訴人に支払うべき清算金はない旨通知した。しかるに、控訴人は昭和五五年三月一〇日までに元利金の弁済をしなかつたので、被控訴人は本件各物件の所有権を取得したから、本件各登記は、結局有効である。

3  仮に右口頭による通知が仮登記担保法の要件を充足せず無効であるとしても、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五五年七月三日到達の書面により、清算期間を同年九月一〇日までと定め、右清算期間が経過する時の本件各物件の見積価額は三八一八万八五七六円(ただし、被控訴人より先順位の抵当権の被担保債務金二二一一万一四二四円を差引いた金額)、被控訴人の債権額は四〇六八万〇三一三円(その内訳は、本件消費貸借の残元金三四三九万三六一三円(その利息の天引及び弁済と元本への充当関係は、別紙計算書(一)1ないし3のとおりである。)及びこれに対する昭和五五年二月一日から同年九月一〇日までの二二三日間についての年三割の割合による遅延損害金六二八万六七〇〇円である。)であり、清算金はない旨を通知した。なお、本件各物件の所有権の移転によつて消滅させようとする債権の額は、本件各物件の価額の割合に応ずるもの、すなわち、原判決別紙目録記載一の土地(以下「本件第一物件」という。その価額は二三八八万八〇〇〇円である。)によつては一六一一万五六〇五円、同目録記載二の土地(以下「本件第二物件」という。その価額は二九七一万二〇〇〇円である。)によつては二〇〇四万四六六六円、同目録記載三の建物(以下「本件第三物件」という。その価額は二九八万六〇〇〇円である。)によつては二〇一万四四四八円、同目録記載四の建物(以下「本件第四物件」という。その価額は三七一万四〇〇〇円である。)によつては二五〇万五五九二円であつたと解すべきである。しかるに控訴人は、右清算期間内に右債務の弁済をしなかつたので、被控訴人は右清算期間の経過した時に本件各物件の所有権を取得したから、本件各登記は、結局有効であり、抹消すべきものではない。

四  抗弁に対する認否

1  第1項の事実中、本件各物件について本件各仮登記及び本件各仮登記に基づく本登記として本件各登記がされていることは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は森田盈に対し本件消費貸借及び本件代物弁済予約の締結の代理権を与えたことはなく、本件消費貸借及び本件代物弁済予約はいずれも森田盈が控訴人に無断で締結した無効のものである。

2  第2項の事実は否認する。

3  第3項の事実中、本件各登記主張のような書面が控訴人のもとに到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  仮に、本件消費貸借及び本件代物弁済予約が有効であつたとしても、本件各登記は清算期間経過前にされたものであるから無効と解すべきである。

五  予備的請求の原因

1  仮に、被控訴人が清算期間の経過により本件各物件の所有権を取得したとしても、被控訴人は、控訴人に対し、次のとおり清算金を支払う義務がある。

(一) 昭和五五年九月一〇日における本件各物件の価額は、次のとおりである。

(1) 本件第一物件 五九八四万円

(2) 本件第二物件 七四四二万円

(3) 本件第三物件  七四六万五〇〇〇円

(4) 本件第四物件  九二八万五〇〇〇円

合計  一億五一〇一万円

(二) 本件各物件には先順位の抵当権の負担があるので、減額されるべき金額は合計二二一一万一四二四円である。

(三) 右時点における被控訴人の債権は、別紙計算書(二)記載のとおり三六二八万九七九〇円である(なお、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五五年三月一〇日本件消費貸借の元金の弁済期を同年五月一〇日まで猶予したから、遅延損害金は同月一一日から発生するものと解すべきである。)。

(四) したがつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件各物件の価額から先順位の抵当権の負担により減額されるべき金額及び被控訴人の債権額を差引いた九二六〇万八七八六円の清算金を支払う義務がある。

2  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、予備的請求として、右清算金のうち八八二一万八二六三円及びこれに対する清算期間満了の日である昭和五五年九月一〇日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  予備的請求原因に対する認否

1(一)  1の事実は否認する。本件各物件の価額は、あわせて六〇三〇万円である。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実は否認する。被控訴人の債権額は、四〇六八万〇三一三円である。

(四)  同(四)は争う。

2  2は争う。

七  予備的請求についての抗弁

1  相殺

(一) 控訴人は、次のとおり、昭和五六年二月二五日現在訴外東調布信用金庫(以下「訴外信用金庫」という。)に対し合計二四〇〇万円の債務を負担していた。

(1) 訴外信用金庫は、昭和五一年六月二八日、控訴人に対し、本件第一物件及び本件第二物件を担保として次のとおり一〇〇〇万円を貸付けた。

(イ) 元金 一〇〇〇万円

(ロ) 弁済期 元金は昭和五二年一月二七日を初回とし、以後毎月二七日限り金一八万五〇〇〇円ずつ返済する。

(ハ) 利息 年11.30パーセソト

(ニ) 遅延損害金 年18.25パーセソト

(2) また、訴外信用金庫は、昭和五一年六月二八日、訴外森田盈に対し、本件第二物件及び本件第四物件を担保として、次のとおり一〇〇〇万円を貸付け、控訴人は右森田魏の債務につき連帯保証をした。

(イ) 元金 一〇〇〇万円

(ロ) 弁済期 昭和五二年一月二七日を初回とし、以後毎月二七日に一八万五〇〇〇円ずつ返済する(ただし、初回の割賦金は一九万五〇〇〇円)。

(ハ) 利息 年11.30パーセント

(ニ) 遅延損害金 年18.25パーセント

(3) 控訴人は、昭和五六年二月二五日現在で、右(1)の貸金については、元本残金九二四万四〇一二円、利息二六一万四五五六円、遅延損害金二二五万二三五七円(ただし、うち二万九一九円は免除された。)、合計一四〇九万〇〇〇六円(免除分を差引いた額)、右(2)の貸金については、元本残金六六八万四二三二円、利息六万四二八三円、遅延損害金三一六万一四七九円、合計九九〇万九九九四円の各債務を負担していた。

(二) 被控訴人は、昭和五六年二月二五日、訴外信用金庫に対し、右債務の合計二四〇〇万円を代位弁済した。

(三) よつて、仮に被控訴人が控訴人に対し清算金を支払う義務があるとしても、被控訴人は、右代位弁済により、控訴人に対し、二四〇〇万円及びこれに対する弁済の日の後である昭和五六年二月二六日から完済に至るまで控訴人と被控訴人との間の約定の割合である年三割の割合による遅延損害金の請求権を有するところ、被控訴人が仮登記担保法第二条に基づく通知をするにあたり本件各物件の見積価額から差引いた第一順位の負担である訴外信用金庫の抵当権による被担保債権二二一一万一四二四円を差引いた残額の一八八万八五七六円及びこれに対する昭和五六年二月二六日から完済に至るまで年三割の割合による遅延損害金の債権をもつて、昭和五七年八月二四日の本件口頭弁論期日において、清算金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2  同時履行

仮に、被控訴人が控訴人に対し清算金を支払う義務があるとしても、被控訴人の清算金の支払義務と控訴人の本件各物件の引渡義務とは同時履行の関係にあるところ、控訴人は本件各物件を占有しているので、被控訴人は、控訴人が本件各物件を被控訴人に引渡すまで清算金の支払を拒絶する。

八  予備的請求についての抗弁に対する認否

1(一)  1の(一)の(1)、(2)の事実は認めるが、(3)の事実は不知。

(二)  1の(二)の事実は不知。

(三)  1の(三)は争う。

2  2は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一主位的請求について

一本件各物件がもと控訴人の所有であつたこと及び本件各物件について本件各登記がされていることは、当事者間に争いがない。

二1  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、〈反証排斥略〉。

(一) 控訴人は、昭和五三年六月一六日、訴外株式会社紹興(以下「紹興」という。)から、一七〇〇万円を、弁済期同年七月一五日、利息年一割五分、期限後の損害金年三割の約定で借り受け、右債務の担保として本件各物件に抵当権を設定していた(あわせて、期日債務の弁済をしないときは、右債務の支払に代えて本件各物件の所有権を移転する旨の代物弁済の予約もしていた。)ところ、弁済期に債務の弁済をすることができず紹興より本件各物件に対して競売の申立がされたので、右債務の弁済資金を調達するため、控訴人代表者森田サヨの夫である森田盈は、昭和五四年九月初めころ、控訴人の債権者の一人である訴外板東輝機(以下「板東」という。)の紹介により被控訴人方を訪れ、三八〇〇万円の金員を控訴人に貸与するよう申入れた。

(二) 被控訴人は、専務取締役の田中譲治及び従業員の相沢米雄(以下「相沢」という。)とに本件各物件を調査させたうえで、本件各物件を担保として控訴人に金員を貸与することとし、昭和五四年九月九日、横浜市中区曙町一丁目八番地所在の司法書士飯塚康弘の事務所に、控訴人の代理人としての森田盈、被控訴人の代表者から委任を受けた被控訴人の取締役麻生幸雄、前記相沢、紹興の代表者染谷昭雄(以下「染谷」という。)、前記板東が集り、麻生と森田盈との間において、被控訴人は控訴人に対し三八〇〇万円を弁済期同年一二月九日、利息月四分(ただし書面上は年一割五分)、期限後の損害金年三割(日割計算)の約定で貸与すること、右債務の担保として控訴人は本件各物件に抵当権を設定し、更に債務を弁済期に弁済することができないときは債務の弁済に代えて本件各物件の所有権を被控訴人に移転する旨の代物弁済の予約及び右所有権移転の請求権を保全するため仮登記をすることを約し、これらを内容とする抵当権設定金銭消費貸借契約書(乙第一号証)並びに抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記の申請に必要な書類を作成した。右書類作成に当たつては、控訴人代表者の氏名は森田盈が記載し、その名下に森田盈が控訴人代表者から預つて来た印鑑を押捺した。なお、森田盈は、控訴人の委任状、控訴人代表者の印鑑証明書もあわせて持参しており、これを麻生らに交付した。その後、右契約書及び登記申請に必要な書類を封筒に入れて封印し、これを前記染谷が預り、まず競売手続を停止するため一同横浜地方裁判所川崎支部に赴いたが、控訴人代表者の印鑑証明書が一通不足することが判明したため、森田盈が余部の有無を電話で自宅に確かめたところ、留守で連絡がとれなかつたので、一同は森田盈の自宅に赴いた。

(三) 森田方では、控訴人代表者森田サヨが帰宅したところであつたが、森田盈は、森田サヨに対し、麻生らを紹興の競売の件でこちらから金を借りて返済することになつているからと紹介した。森田盈は控訴人代表者の印鑑証明書の余部を探したが見当たらなかつたので、翌日印鑑証明書の交付を受け金員の授受はその後競売申立の取下手続をしたうえで行うこととし、その日はそれで解散した。そのやり取りについて、控訴人代表者は、隣室(台所)でこれを聞いていた。

(四) 翌日、麻生、相沢、染谷、森田盈が飯塚司法書士事務所に集り、麻生らが森田盈から控訴人代表者の印鑑証明書を受取り、再び横浜地方裁判所川崎支部に赴いて紹興の代表者染谷が競売申立の取下手続をとり、麻生が持参した被控訴人の金員三八〇〇万円の一部により控訴人の紹興に対する債務を弁済して紹興から抵当権設定登記の抹消申請に必要な書類の交付を受け、その後麻生と森田盈は川崎市役所に赴いて滞納税金を納付し、残金を麻生は森田盈に交付した。そして被控訴人は、前記書類に基づいて本件各物件について本件各仮登記を受けた。

2  右認定の事実によると、被控訴人は、昭和五四年九月一〇日、控訴人の代理人森田盈に対し、金三八〇〇万円を、弁済期同年一二月九日、利息月四分、期限後の損害金年三割(日割計算)の約定で貸渡し(本件消費貸借)、その際、控訴人代理人森田盈との間で、右債務の担保として、控訴人が弁済期に右債務を弁済しないときは右債務の弁済に代えて本件各物件の所有権を移転する旨の代物弁済の予約(本件代物弁済予約)を締結し、これに基づき被控訴人は、本件各物件について本件各仮登記を受けたものと認めるのが相当である。

3  控訴人は、森田盈に対し本件消費貸借契約及び本件代物弁済予約を締結する権限を授与したことはない旨主張して被控訴人の主張を争い、当審証人森田盈は右控訴人の主張にそう供述をしている。しかしながら、(一)前記認定のとおり森田盈と控訴人代表者とは夫婦であり、当審証人森田盈の証言によると、控訴人は旅館業を営むものであるが、右営業については普段は従業員が一人いるにすぎず、主として森田夫婦が共同でその経営にあたつているものとみられること、(二)前記認定のとおり控訴人は紹興より本件各物件に抵当権を設定して(あわせて代物弁済の予約もしていた。)金員を借り受けたが、弁済期に債務を弁済することができなかつたため競売の申立を受けていたものであるところ、当審証人森田盈の証言によつても、控訴人代表者は、右競売を免れるためには本件各物件を担保として他より金員を借り受け紹興の債務を弁済するほかないことを知っていたものと認められ、右金員の借入れについては夫の森田盈に一任していたものとみられること、(三)前記甲第一号証ないし第四号証によると、控訴人は、前記紹興から金員を借り受ける以前に、本件各物件に抵当権又は根抵当権を設定したうえ(あわせて代物弁済の予約をしていた場合もある。)、昭和四三年一二月二六日株式会社神奈川相互銀行から、昭和四五年六月二〇日株式会社誠から、昭和四七年六月九日株式会社協和銀行から、昭和五一年六月二八日訴外信用金庫から、昭和五三年一月二五日丸善産業株式会社から、同年二月二七日及び昭和五四年二月一九日板東からいずれも金員を借り受けていたことが認められるが、当審証人森田盈の証言によると、これらの金員の借受け及び本件各物件についての抵当権又は根抵当権の設定については、いずれも控訴人代表者の承諾のもとに行われていたと認められること(なお、〈証拠〉によると、訴外信用金庫からの借入及び抵当権設定については森田盈が控訴人の代理人として契約していることが認められる。)、(四)当審証人森田盈の証言によると、控訴人代表者の印鑑は、控訴人代表者(森田サヨ)自身が保管していたものであり、前記昭和五四年九月九日の被控訴人との間の抵当権設定金銭消費貸借契約書(乙第一号証)及び登記申請に必要な書類を作成した際、森田盈は森田サヨの承諾のもとに同人からその印鑑を預つて持参したと認められること、以上の事実に徴すると、本件消費貸借及び本件代物弁済予約の締結について控訴人代表者の承諾を得ていなかつた旨の前記証人森田盈の供述は直ちに措信することができず、他に森田盈が控訴人の代理人として本件消費貸借及び本件代物弁済の予約をした点に関する前記2の認定を左右するに足りる証拠はない。

三1 ところで、前記認定の事実によれば、本件代物弁済予約は、仮登記担保法の適用のある仮登記担保契約に該当するものと解される。

2 弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、昭和五四年一二月一四日控訴人に対し本件代物弁済予約に基づき予約完結の意思表示をし、同月二二日本件仮登記に基づく本登記として本件各登記を受けたものと認められる(被控訴人が本件各登記を受けてしることは、当事者間に争いがない。)。しかしながら、右予約完結の意思表示のみによつて本件各物件の所有権移転の効力の生じないことは、仮登記担保法第二条第一項の規定に照らし明らかである。

3 被控訴人は、昭和五四年一二月一四日控訴人に対し、口頭で本件各物件の見積価額と清算期間を提示し、右期日までに元本、利息、損害金を弁済しないときは本件各物件の所有権を取得する旨及び控訴人に支払うべき清算金はない旨を通知したと主張するが、右通知が清算期間経過時の被控訴人の控訴人に対する債権額を明らかにしてした仮登記担保法第二条の規定に定める要件を充足する通知であるかどうか疑問があるばかりでなく、右事実を認めるに足りる証拠もないから、右にいう清算期間の経過した時に被控訴人が本件各物件の所有権を取得したものということはできない。

4 〈証拠〉によれば、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五五年七月二日付書面で、清算期間を同年九月一〇日までと定め、右清算期間が経過する時における本件各物件の見積価額を三八一八万八五七六円(本件第一物件を二三八八万八〇〇〇円、本件第二物件を二九七一万二〇〇〇円、本件第三物件を二九八万六〇〇〇円、本件第四物件を三七一万四〇〇〇円とし、その合計額六〇三〇万円から先順位の抵当権の被担保債権額二二一一万一四二四円を差引いた額)、被控訴人の控訴人に対する債権額を四〇六八万〇三一三円とし、清算金はない旨の通知をし、右書面は同年七月三日控訴人に到達したことが認められる(被控訴人主張のような書面がその主張の日に控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。)。なお、右書面には仮登記担保法第二条第二項の規定により明らかにすべき本件各物件のそれぞれの所有権の移転により消滅させようとする債権の額は明記されていないが、右書面全体の趣旨に徴し、その額は、本件各物件のそれぞれについての価額の割合に応ずるもの、すなわち、本件第一物件によつては一六一一万五六〇五円、本件第二物件によつては二〇〇四万四六六六円、本件第三物件によつては二〇一万四四四八円、本件第四物件によつては二五〇万五五九二円とする趣旨であつたと解すべきことは明らかであり、このような場合、その割り付けるべき金額が明示されていなくても、右の通知の効力に消長がないものと解するのが相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、右清算期間内に右債務の弁済をしなかつたものと認められるから、被控訴人は、右の清算期間の満了日である昭和五五年九月一〇日の経過により同月一一日本件各物件の所有権を取得したものというべきである。

5 もつとも、被控訴人は、右清算期間の経過する前、すなわち本件各物件の所有権を取得する前である昭和五四年一二月二二日に本件各仮登記に基づく本登記として本件各登記を受けているものであり、その時点においては本件各登記は実体関係を欠く無効な登記であつたというべきであるが、前記のようにその後の清算期間の経過により被控訴人が昭和五五年九月一一日本件各物件の所有権を取得するに至つた後においても、その登記のされた時点における実体関係を欠くことを理由として、なおその登記を無効とし、その抹消を認めることは相当でない(抹消を認めて、改めて所有権移転の登記をし直すことは、少くとも所有権移転の実体関係が生じた時以降の登記の対抗力を失なわせる結果ともなり、手続的にも必ずしも合理的ではないであろう。)。また、本件の場合においても、仮登記担保法第三条第二項の規定により、控訴人の本件各物件についての本登記義務及びその引渡義務と被控訴人の清算金支払義務とは本来同時履行の関係にあり、更に、同条第三項本文の規定は、清算金債権者である債務者を保護するため、債務者の右の同時履行の抗弁権を失わせる特約を無効としているが、それは右のような特約がされていてもなお右の同時履行の抗弁権を行使することができることとしたものであつて、債務者が右の抗弁権を行使する機会がないまま所有権移転の登記がされた場合のその登記の効力は、右の特約の無効から直ちにこれを無効と解すべきものではなく、債務者の清算金受領権の保護のほか取引の安全(登記を無効とすれば、特別の規定のない以上、善意の第三者も保護されない。)をも考えれば、実体関係を備えた本来有効な登記を無効としてその抹消を認めることは、対抗力をも失わせる結果ともなり、相当ではない(まして、本件にあつては、控訴人は後記のように清算金の支払を受けるまで本件各物件の引渡しを拒む同時履行の抗弁権をなお有しているものと認められるから、清算金支払に関し更に控訴人に対し本登記の履行を拒む抗弁権の行使の機会を回復させるために本件各登記の抹消を認めるまでの必要性はないものというべきである。)。

四以上によれば、被控訴人の抗弁は理由があり、本件各登記の抹消登記手続を求める控訴人の主たる請求は理由がない。

第二予備的請求について

一被控訴人が清算期間の経過により本件各物件の所有権を取得するに至つたことは、前記第一において判断したとおりである。そこで、被控訴人から控訴人に対し支払うべき清算金があるかどうかについて検討する。

二まず、清算期間経過時の本件各物件の価額について検討する。

1  〈証拠〉によると、本件第一物件及び本件第二物件は相隣接し、一体として長方形をなした土地であつて、南西側は幅員六メートルの公道に、また北東側は幅員四メートルの公道にそれぞれ接し、一体として使用するのが適当でありまた現に使用されているものと認められる。したがつて、右各土地は一体として価額を評価するのが相当と考えられるところ、右鑑定の結果によると、昭和五五年九月一一日当時の本件第一物件及び本件第二物件の価額は、あわせて八八三〇万五八〇〇円と認められ、右認定に反する乙第一〇号証はその評価の根拠が必ずしも明確ではないから採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  また、前記鑑定の結果によると、昭和五五年九月一一日当時の本件第三物件の価額は八八万〇九〇〇円、また同時期の本件第四物件の価額は四四二万四九〇〇円であると認められ、右認定に反する乙第一〇号証は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて、清算期間経過時における本件各物件の価額はあわせて九三六一万一六〇〇円であると認められる。

3  そして、清算期間経過時における本件各物件についての先順位の訴外信用金庫の抵当権の被担保債権が二二一一万一四二四円であつたことは、当事者間に争いがない。

4  そうすると、清算期間経過時における本件各物件の価額は前記2の価額から右抵当権の被担保債権額を差引いた七一五〇万〇一七六円であつたというべきである。

三次に清算期間経過時における被控訴人の控訴人に対する債権額について検討する。

1  被控訴人が控訴人に対し、昭和五四年九月一〇日三八〇〇万円を利息月四分の約で貸渡したことは前記認定のとおりであるが、〈証拠〉によると、被控訴人は、右貸渡しの際に、一か月分の利息一五二万円及び調査費名目で三八万円合計一九〇万円の利息を天引したこと及び控訴人から森田盈名義の預金高三〇四万円の太陽神戸銀行大口支店の総合口座通帳と同人の印顆を預り、その後同年一〇月一〇日一五二万円を、同年一一月一〇日一五二万円を右預金から払戻してそれぞれ利息の支払に充当したことが認められ、右認定に反する当審証人森田盈の証言は措信することができず、他に控訴人が右以上の利息の支払をしたことを認めるに足りる証拠はない。

右利息の天引及びその後の二回の利息の支払を利息制限法の規定に従つて計算すると、別紙計算書(一)の1ないし3のとおり被控訴人の控訴人に対する本件消費貸借の残元金は、三四三九万三六一三円となる。

2  ところで、本件消費貸借の弁済期は昭和五四年一二月九日であり、期限後の損害金は年三割の約であつたことは、前記認定のとおりである。控訴人は、昭和五五年三月一〇日被控訴人が本件消費貸借の元金の弁済を同年五月一〇日まで猶予した旨主張するが、乙第三号証をもつてしては右主張を認めるに足りないし、他に右主張を認めるに足る的確な証拠はない。そうすると、控訴人は前記代金残元金三四三九万三六一三円に対する昭和五四年一二月一〇日から支払ずみまで年三割の割合による遅延損害金を支払う義務があるところ、控訴人が昭和五五年三月一〇日一五二万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、その充当について当事者が特段の指定をしたことを認めるに足りる証拠はないから、法定充当によりまず遅延損害金に充当すべきものと解され、別紙計算書(一)の4のとおり昭和五五年一月三一日までの遅延損害金に充当されることになる。そうすると、控訴人が支払うべき昭和五五年二月一日から同年九月一〇日までの遅延損害金は六二八万六七〇一円となることは、計算上明らかである。

3  したがつて、清算期間経過時における被控訴人の控訴人に対する債権額は、貸金残元金三四三九万三六一三円及び遅延損害金六二八万六七〇一円の合計四〇六八万〇三一四円であつたと認められる。

四以上によると、清算期間経過時において被控訴人が控訴人に支払うべき清算金の額は、前記二の本件各物件の価額(ただし訴外信用金庫の有する抵当権の被担保債権額を差引いた額)七一五〇万〇一七六円から三の債権額四〇六八万〇三一四円を差引いた三〇八一万九八六二円となる。

なお、控訴人は、右清算金について昭和五五年九月一〇日からの遅延損害金が発生するものとしてその支払を請求しているが、後記のとおり、被控訴人は右清算金の支払について本件各物件の引渡しと同時に履行すべきことを求めうる抗弁権を有するものと認められるから、控訴人が本件各物件の引渡しの履行の提供をしたと認めるに足りる証拠のない本件においては、被控訴人は清算金の支払について遅滞に陥つているものとはいえず、遅延損害金は発生していないものというべきである。

五そこで、次に、抗弁1(相殺の抗弁)について検討する。

1  抗弁1の(一)の(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば同1の(一)の(3)の事実が、また〈証拠〉によれば同1の(二)の事実がそれぞれ認められる。

2  右事実によると、被控訴人は控訴人に対し、代位弁済により本来二四〇〇万円の求償債権を有すべきところ、うち二二一一万一四二四円については前記のとおり清算金の計算上本件各物件の価額から差し引いているので、その差額である一八八万八五七六円について求償債権を有することになる。

3  被控訴人は、右求償債権一八八万八五七六円につき代位弁済の日の翌日である昭和五六年二月二六日から約定の年三割の割合による遅延損害金債権を有すると主張するが、被控訴人と控訴人間に右求償債権について年三割の割合による遅延損害金を支払う旨の約定であつたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被控訴人は右代位弁済にかかる求償債権については年五分の割合による法定利息(民法第三七二条、第三五一条、第四五九条、第四四二条第二項)の支払を求めうるにとどまると解されるところ(被控訴人は前記約定の遅延損害金の請求が認められないときは右法定利息を請求する趣旨と解される。)、昭和五七年八月二四日当時においては、前記求償金一八八万八五七六円に対する昭和五六年二月二六日から昭和五七年八月二三日までの五四四日間の年五分の割合による法定利息一四万〇七三七円の債権があつたものと認められる。

4  そうすると、昭和五七年八月二四日当時被控訴人は控訴人に対し、前記求償債権一八八万八五七六円及び法定利息一四万〇七三七円の合計二〇二万九三一三円の債権を有していたものというべきであり、昭和五七年八月二四日の口頭弁論期日において被控訴人が控訴人に対し右債権をもつて清算金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから、被控訴人が控訴人に支払うべき清算金は二八七九万〇五四九円となる。

六抗弁2(同時履行の抗弁)について

被控訴人が本件各物件の所有権を取得したことは前記のとおりであり、弁論の全趣旨によれば控訴人は本件各物件を占有していると認められるから、控訴人は本件各物件を被控訴人に引渡すべき義務があることは明らかである。そして、被控訴人の前記清算金の支払義務と控訴人の本件各物件の引渡義務とが同時履行の関係にあることは仮登記担保法第三条第二項の規定上明らかである。

七以上によれば、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が本件各物件を引渡すのと引換えに清算金二八七九万〇五四九円を支払う義務があり、控訴人の予備的請求は右支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

第三結論

そうすると、控訴人の主位的請求に関する原判決の判断は正当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴人の予備的請求は前記のとおり一部理由があるので主文第二項の限度でこれを認容しその余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条の各規定を適用し、仮執行の宣言の申立は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 吉崎直彌)

計算書(一)、(二)〈省略〉

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